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2007年10月 8日 (月)

悲しい失望感

今日、グローバルフェスタという

国際協力機関(NGOや政府機関等)の

イベントに行ってきました。

http://www.gfjapan.com/2007/index.html

Nec_0019_2

毎年行って、知り合いのNGOスタッフに

まとめて挨拶してくるのですが

今年は、ほんの2~3人に会っただけで

すぐ帰ってきてしまいました。

知り合いのほとんどが、今、海外にいるのと

イベント会場にいて、少し悲しい気持ちになったからです。

私は、20年近くボランティア活動にたずさわり

少しでも世の中の役に立つことが

自分の生きている意味の一つだと信じてきました。

目の前で転んだ子どもやお年寄りが立ち上がるのに

手を貸すのと、虐待を受けた子どもの生活フォローの

ボランティアをすることは、私にとっては、

全く、同一レベルのことです。

ボランティア活動は、私にとって、具体的かつ身近なもので

バックやハンカチのように常に身につけているようなもの

です。

正直いって、いくつかの団体のブースに行って

説明を受けた印象では、スタッフ自身が、その活動に

密着していないような、実感として分かっていないような

そんな気がしました。

海外援助は、その国に行ったことが無い人でもできる

ことは分かっています。

でも、実感として分かっていないのは問題です。

私が、話したスタッフたちは、真面目で、よく勉強も

していましたが、ハッキリ言って、自分が何を言って

いるのかも、良く理解していなかったと思います。

シェラレオネでは、毎年、何万人もの乳幼児が

死んでいるとか…

日本の難民受入レベルは低すぎるだとか…

それは、もちろん正しいことだし知っておかなければ

ならないことですが、だから、何なの?!と

聞かれたら、きちんと向き合って、自分の言葉で

答えられるスタッフが、いったい、どれだけいるだろう…

そんなふうに思ってしまったのです。

「自分探し」のために、何か世の中の役に立ち「そう」な

ことをして、自己満足にひたりたい…

自覚はないでしょうが、私には、そう思えるスタッフが

あまりにも多かったのです。

ハッキリ言って、私の主催するボランティア団体に

来て活動にたずさわりたいという人には

「自分」を、きちんと「探して」から来てほしいと思います。

自分がやりたいことも分からずに

何となく「いいこと」をしたと思いたい、

時間を無駄に過ごしたと思いたくはない、という人は

お引取り願いたいと心から思います。

動機に、複雑さや頭でっかちさはいりません。

「この人たちのために何かしたい」

「こういう活動に参加したい」

シンプルな、でも率直で正直な気持ち。

それだけで充分だと思います。

「来年、せめて何十何人の子どもに教育を

受けさせたい。

だから、この商品を買ってください」

支援を呼びかけるスタッフには

これぐらいハッキリとシンプルに

言ってほしかったのです。

勉強は、したければ自分でします。

知りたいことは自分で調べます。

それでも分からなかったら、貴方たちに聞きます。

するべきこと、私たち部外者にしてほしいことだけを

まず、強く訴えてください。

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コメント

まりもさん

とりあえず、日記中の文章そのままで、
お答えします。

・「自分探し」のために、何か世の中の役に
立ち「そう」なことをして、自己満足に
ひたりたい
・何となく「いいこと」をしたと思いたい

↑のような人たちと共に活動したいとは
どうしても思えないし、支援対象者の
人たちにも、とても失礼だと思います。
こういう人たちは、最初から
「~してあげればいい」
あるいは
「言われたとおりにやっていればいい」
という意識が見えることが、しばしばです。
こういう人たちは、残念ですが
支援対象者の方々(支援される側の方々)
からも、前からいるスタッフからも
何も学ぶことはできないと思います。

勉強しているか否かは、活動に参加したり
活動を始めるにあたって、私にとっては
あまり重要ではなく、つまり、逆に言えば、
もちろん勉強していてもいいんです。
沢山、勉強して、知識を蓄えていたって
もちろん構わないんです。

ただ、主体性や自発性だけは、活動に
「入って」から、そして「誰かから」
教えることも、教わることも
できないのです。

私の団体は、学習支援団体です。
義務教育未修了者は推定170万人いる…
在日外国人児童の約70%が学校に通っていない…
そういうことを、きちんと勉強してきた人を
それだけで追い返したりはしません。
でも、
「それで、貴方はどう思うのですか?
 何がしたいのですか?」
と聞かれて
「はぁ…?」
としか答えられないようでは、やはり問題だと
思います( ^ ^ ;

先日のグローバルフェスタでも、同じように
「貴方が勉強していることは良く分かったし
説明も、とても理解しやすかったです。
ありがとう。
それで、貴方は、『何が』したいと思って
『何を』今現在やっているのですか?」
と聞いたところ、悲しいことに、自分の言葉で
答えられるスタッフは、ほとんどいませんでした。
ほとんどが、リーフレットの棒読みや、
研修会等で聞いたことを一生懸命
思い出しながら話しているという感じ…
話し方が上手だとか、そういうレベルの問題では
ないんです。
「私は『もっとこのことを知りたい』と思っていて
今は『勉強しています』」
↑でも、構わないと思うんですけどね( ^ ^ ;
やっぱり、地に足がついていないというか
自分の足元が見えていない…そう思わざるを得なかった
というのが、正直な私の感想です。

気持ちの大小、深浅に個々人差はあっても
「この活動を、やってみたいんです」
「この活動に、協力したいんです」
という心だけは、持ってきていただかないと
やはり私の団体では「お引取り願う」しかありませんm( _ _ )m


投稿: yuna | 2007年10月 9日 (火) 20時03分

自身が行動して実践している人から見て、机上の勉強を主としている人が、表面をなぞっているように見えるというのは分かります。
でも、「お引き取り願いたい」というのはちょっと違うんじゃないかなと私は思います。動機はどうあれ、そういうことを勉強してみよう、活動してみようと思って実際にやっていることは、良い事なのではないでしょうか? 机上の勉強のみで活動していると、いずれ大きな壁にぶつかると思います。壁にぶつかることによって、活動しながら本当の意味での勉強をすることも、自分の意見を持つことも、できるかもしれないのだから。
私自身、机上の勉強から始めたことがいくつかあります。もし、その時点で「そういう方は結構」と言われていたら、現在の私は存在しません。支援する側が、される側から教わることは沢山ある。その可能性を摘んでしまうのはもったいないと思います。

投稿: まりも | 2007年10月 9日 (火) 00時11分

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